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自分のワークから(その1)2017.10.10

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 マインドフルネスになっていたら、言葉にはならない微かな感覚があるので、寄り添ってもらいながら、そこに意識を集中していきました。微かな感覚は、頭痛となって感じられてきたので、頭に手を当ててもらうことにしました。

大きなあくびが止めどなく出てきて、肩やら足が自然に動き始めました。

身体の動きが激しくなり、背中のほうに手を移してもらいました。

 

 すると『私は卑怯な行為が嫌いなんだ!』という言葉が突然飛び出してきました。それは最初の微かで曖昧な感覚が、身体の中で集結して、パッと一気に発散されたような、一瞬の出来事でした。「卑怯が嫌いだ」が出たあとは、肩もすーっと下がり、集結した感情もサッとすぐに引いていきました。

 

 「卑怯な行為」って、いったいどういうことだろう?ややあって「向き合わないことだよ」と身体の奥の方から出てきました。向き合って、互いに本音を言う。お互いに分かり合おうとする。ただそれだけでいい。ただそれだけで、自分のことが、より明らかに分かってくるし、相手のことも、その場の状況も自ずと見えてくる。逃げずに、向き合っていけば、必ず、分かり合える。自分が今何をすればいいのか分かってくる。お互いが、無理しないでできることをやることで、確かな繋がりがうまれてくる。そこには、上下でも役割でもない、ごく自然な関係が生まれてくる。この関係こそが真の繋がりではないのか?・・・そういう関係を大切にしたいのよ・・・

 

 そういえば私は、人に対しても、目の前の出来事に対しても「向き合いたい」と強く思っている・・・これは若い頃から一貫して心の根底にある生きる姿勢なのだ・・・と感じられてきました。これは私の「いのちの願い」なのかもしれない・・・

 私は23才で母を亡くし、40年も継母との関係に苦しみましたが、どんなに求めても一度も、向き合ってお互いの本音を言って、分かり合うことができなかった・・・そのことが苦しかったのだ・・・継母の人間性がどうとかではない・・・たとえ、それがどうであろうと、継母には関係がない・・・私の身体は「いのちの願い」が満たされないことに、苦しさを感じていたのだ・・・という、今までにない感覚が開いていることに気がつきました。

 

 そこで『継母と、ちゃんと向き合えないことが、苦しかったんだね』と、身体に、言葉をかけました。するとたちまち、今までのどんよりとした諦め感とは違う、スッキリと晴れ晴れとした感覚が一気に広がってきました。

 その感覚は私の「いのち」から『そうだよ』と即座に返事が返ってきた感じでした。なんと、50年来、私の心に刺さっていた棘がパッと取れたような嬉しさです。急に継母の魂とフレンドリーに話がしたい衝動が起きてきましたので長いこと継母のせいにしていたけれど、これは、勘違いでした・・・と、心から継母にお線香をあげました。

 ワークの中からポンと飛び出した「卑怯なことがきらい!」という感覚は、まだ一度も開いたことのない心の扉を、今もなお次々と開いていってます。

 

                           福田 京子 つづく





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