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オリンピックを観て感じたこと2018.02.27

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 このところ、テレビをみているとオリンピックの話題にふれることが多いのですが、メダルの数や色のことにばかりに関心が向けられていることに、とても違和感を感じております。

 オリンピックは、勝ち負けをかけて全力を出し切ってその時の一番を決めもの。その瞬間にいかに、いのちを燃やすことができるかを競う大会ですから、それもありなのですが、そのことだけではもったいないと思います。

 

 ここというタイミングで「いのち」を爆発させるということは、誰にでもできる生易しいことではありません。練習を重ねて重ねて、体の芯で捉えた『ここ』にぎゅっと力を集中しなければならないわけです。一点に、しかも一瞬に集中するには、その前段階においては、身体の力が抜けていなければできません。心身に緊張があったら集中することができないからです。集中はものすごい心身の柔軟性なのだとおもいます。この柔軟性は、頭で納得して生まれてくるものではなく、身体の芯で捉えた、つまり身体感覚を通して、筋肉をとおして湧いてくるものなのだと思います。練習を重ね極めたからこそ生まれた柔軟性が働いているのだとおもいます。この柔軟性は、たんなる脱力ではないのです。「力は入っていないが、無いのではなく、無いけれど在る力」という禅問答の世界の柔軟性なのでと思います。それを使っているからこそ、前人未到の記録をたたきだすことができるのです。だからこそ、それを観戦している者も、その研ぎ澄まされた柔軟性に鳥肌がたつのです。思わず涙が零れ落ちるのです。ということは、選び抜かれた選手だからではなく、私たち一人ひとりのなかにも、このとてつもない力がやどっているということでしょう。あそこに出ている人々と私たち、別人ではないのです。自分の人生舞台で、この心身の柔軟性を働かせていけば良いんだとおもっています。

 

 マイセラのワークは「力は入っていないが、無いのではない。無いけど在る」の世界なのです。なかなか理解していただきにくいのですが、オリンピックの中で発揮され、世界中の人々が肌で感じて感動している「いのちの働き」。そのとてつもない柔軟性に触れているのです。

 私はメダルの数や色ではなく、こういう観点からオリンピックをみておりました。

 

                                       フィールドクリエイター 福田 京子





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